[書評] 千住 文子 / 『千住家にストラディヴァリウスが来た日』
千住 文子 / 『千住家にストラディヴァリウスが来た日』 / 2008-04-25 / 新潮文庫 / B
バイオリンの名器、ストラディバリウスがバイオリニスト千住真理子の手元に届くまでを、お母さんである文子さんが描いた本。音楽についてはぜんぜんわからない私でも、ドラマとして楽しめました。
クラシック音楽には全然縁のない私でも耳にしたことのあるバイオリン、ストラディバリウス。 バイオリンという楽器自体が怪しい魔力を持っているような側面があるのに、その中でもまた女王的な存在。 当然、ドラマを巻き起こします。
スイスのとある富豪が亡くなって、遺産となったストラディバリウスを手放すことにします。
ただし、「博物館で飾られるのではなく、実際に演奏してもらえる環境に」という条件を付けて。
遺産管理人がこれぞと思う人物を5人ピックアップして、順番に交渉が始まります。
優先順位付きなので、優先順位の高い人が欲しいといって費用を払えればそこで決まり。
千住真理子さんはリストの4番目。
不思議なことに、リストの高い順番にいる人が「なぜか」条件が合わず、千住真理子さんの手元にやってきます。
弾いてみて一目惚れ。欲しい!でも、価格は「億単位」。そんなお金などどこにもない。でも欲しい。さあ、どうする!
わたくし、千住真理子というバイオリニストのことは全然知りませんでした。 お兄さんの千住博(画家)は知っていたので、「おお、妹さんなのか」「芸術一家みたい」と思ったら、もう一人、作曲家の千住明さんという兄弟もいてびっくり。
三人兄弟の三人ともが芸術家でそれなりに国際的な評価も受けているって、どういう教育したらそうなるの〜という疑問も出てきますが、それもこの本に出てきます。はい、お母さんが著者なんです。
魔性のバイオリンを前に「こんな時にお父ちゃまがいてくれたら」「でも、お父ちゃまはもういない」と右往左往するお母さんの文子さんと真理子さん。
じゃーん、そこに登場するのは兄弟たち。
知人たちとも力を合わせて(細かい具体的なところには触れてはいませんが)、入手するために東奔西走します。
バイオリンもまるでここに落ち着きたがっているかのように、いろいろな歯車が噛み合い始めます...
真正直に生きてきた人たちだけが持っている、戸惑い、歓喜、苦難、幸福。 それらが描かれているので、単なるエッセイとか体験記にとどまらない良質の物語になっています。
この本の舞台となっている顛末は、千住真理子オフィシャルサイトにも書かれています。
[プロフィール]
一部を引用してご紹介しておきます。
2002年7月にスイスにいる知り合いから突然電話がかかってきました。 「良い音のストラディバリを見つけた。見てみたくないか?」といわれ「見てみたいけど忙しくてそちらに行けない」とはなしました。 内心ではそのとき持っていた楽器に満足していたので今さら別の楽器に代える気はなかったのです。 話のはずみで「見てみたいね」とはいってしまったものの、まさか日本に持って来るとは考えもつきませんでした。 その楽器を見たがった5人のヴァイオリニストが各国一人づつリストアップされ、私の順番は4番目。 それぞれに条件がいくつか出され、それをクリアしなければならず、また私のまえに誰かが決めてしまえば私のところへは来ません。 それから3週間たったある日、目の前にこの楽器があらわれました。 私はイチコロでした。 楽器の由来は実は初め何もきいてなかったので、ただのストラディバリだと思っていました。 名前が付いているらしいと聞いたのは、楽器を手にして一か月後。 さらに由来については3か月後に知りました。 最初の所有者はローマ法王”クレメント14世”であり、法皇の没後200年間フランスのデュランティ家の家宝として納められ、その後80年間スイスの公爵のもとにあった、と。 しかし私はこの楽器の由来に惚れたのではなく、音に惚れたので、由来をきいたとき「例えば男性を好きになって付き合いはじめたあとから、あの人は実は王子様なのよ、と聞かされた感じ」です。
Amazon.co.jp: 『千住家にストラディヴァリウスが来た日―Stradivarius "De Duranty" 1716 (新潮文庫 (せ-10-2))』
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