[書評] 斎藤 美奈子 / 『文章読本さん江』
斎藤 美奈子 / 『文章読本さん江』 / 2007-12-10(2002) / ちくま文庫 / A
わはは。いつもの斎藤節で楽しませてくれます。
今回のまな板にのぼったのは「文章読本」。
ええ、少しでも(うまい)文章を書きたいと思ったら読まずにはいられないあの文章読本です。
いやしかし、慧眼というのはこの人/この作品のためにある、と思わずにいられません。
まずは谷崎潤一郎の『文章読本』からはじまり、有名人の書いた文章読本をちくりちくりと皮肉を交えながら紹介。ここまでは笑いながら読めます、はい。
ところが第二部で「ところでこの文章読本があつかっている『文章』ってなんだろう」という素朴な、でも根本的な疑問にさしかかると、感動すら覚えました。
文章読本の著者たち(そして読者たち)の頭の中には、印刷されて出版されているものが一番偉い、なかでも文学作品が偉くて、実用的なものほど階層が低いというピラミッド構造がある!というのです。
そして、文章のプロとアマの違いはそれで飯を食っているかどうかだけであるはずなのに、正しい/間違っている(悪文)という分類が忍び込んでいる、というのです。
やや、確かに。
さらに、文章読本にとどまらず「作文」についても眼から鱗のおちるような考察を見せてくれます。
あの「読書感想文」って何だったんだろう。
「見た通りに書きなさい、思った通りに書きなさい」とよく言われたんだけど、それって仕事ではまったく使えないメソッドだよね...
続きは本書でどうぞ。
おちゃらけた感じ(私はおバカさんですから)といった外野的な姿勢よりは、手ぶらだけど権威にまっすぐな疑問をぶつける、という姿勢が色濃くにじみ出ていて好感が持てます。
ごく当たり前と思われている事象や現象のなかにするどく政治性、権威性、欺瞞性を見つけ出して、バサバサと斬りつける。
でも、けっしてヒステリックに糾弾調に語るわけではなくて、ユーモアを交えながら「これって変だよね」という語り口を忘れない。
そこには、自分だけ安全地帯にいてそこから攻撃しているといういやらしさはない。
自分は正しくてお前は間違っている、私は正義でお前が悪い、という言い方もしない。
にくめないヤツ。斎藤美奈子の素晴らしさを改めて楽しめました。
惜しむらくは、このブログやメールというメディアによって変わりつつある「印刷されたものが偉い」の変化が少ししか触れられていないこと。 追記という形で2007年の時点での考察も入っています。ケータイ小説とかね。 でも、本書の根幹に関わる部分なのでもっと踏み込んで書いて欲しかった。
Amazon.co.jp: 『文章読本さん江』
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