安田 敏朗 『「国語」の近代史—帝国日本と国語学者たち』
安田 敏朗 / 『「国語」の近代史—帝国日本と国語学者たち』 / 2006-12 / 中公新書 / B+
「国語」って「日本語」と同じ?違う?
江戸時代に寺子屋で「読み書き」を習っていたのと小学校で「こくご/国語」を習っているのって同じ?違う?
こういう素朴な疑問にも答えてくれる。
明治維新後の日本帝国が日本帝国として成り立つために人工的に作られたのが「国語」であり、何気なく日常的に使っている「ことば」の裏には真っ黒な歴史がうごめいている。その闇に光を当てる。
もう一方では、近代日本史、日本のコロニアリズムを「国語の政治学」という観点から読み直す本でもある。
著者はまず前書きで問いかける。「国語」ってなんですか?と。
答えを先に明かしてしまうと、「国家の言語」。
明治政府の成立が1868年。 参勤交代があったとはいえ、一部のエリートを除いてお互いの(話し)言葉はスムーズな意思疎通が難しいくらいのレベル。 国内の日本語の統一をバタバタとやっていたのに外国まで含めた「日本語」と「国語」の問題が出てきた。 さあどうする。
文部省はどう考えたのか。国語学者は。教育者は。現場の先生は。植民地の総督は。植民地の子供たち大人たちは。文学者たちは。
誰に自分を重ねるかで、この「国語の歴史」はいろいろな顔を表情を見せる。
「日本」の中からは決して見ることのできない「日本語/国語」の姿が見えてくる。
(台湾と韓国)では、日本語を「国語」と称しつづけた。教科目としての「国語」が登場するのは、植民地となった台湾でのほうが日本よりも早かったという事実は象徴的である。一八九六年三月、(略)「国語」が登場したのである。他にも大和魂(日本人としての道徳精神)を身につけさせるには国語(日本語)教育が一番だとか、植民地で国語(日本語)を教えやすいように日本語を簡単にするべきだとか、ぎょっとするような当時の言論が紹介される。
日本語教育ではなく、帝国臣民に施される「国語」教育だ、という位置づけである。(p.90)
思わずうなってしまったのは、終戦後「日本語を捨ててフランスを国語にしよう」といった志賀直哉の知られざる次の言葉。日本語を捨ててフランス語にするなんて無理だし無茶という批判に対してこういっていたという。
国語の切換へに就いて、技術的な面の事は私にはよく分からないが、それ程困難はないと思ってゐる。(中略)朝鮮語を日本語に切替へた時はどうしたのだらう。(p.204)
日常とか文学という文脈を離れて、政治という文脈から言葉を振り返るにはとてもよい本でした。
ただ、全般的に惜しいというかもったいないという印象が最後まで残ります。
素材の良さや目のつけどころの良さを生かしきれていない感じ。
すごくいいことを言っているのにわざわざ聞きにくくしている感じ。
どうしても文章が「糾弾」「摘発」調になっていて、段落のまとめのたびに皮肉とか告発文が紛れ込んでいて興ざめしてしまいます。
朝日新聞、岩波書店、日教組、東大教養。
そういう系統におなじみの紋切り型の言葉で日本の日中戦争、朝鮮併合、東南アジア各国への進出(占領)、敗戦後の手のひら返しなどを断罪しています。
これがなければA評価だったのに。
もう少し淡々と歴史的な叙述にとどめるとか、川村湊みたいに文学っぽく書いてみるとか、事実に語らせる、というスタンスのほうが良かったんじゃないのかなぁ。
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