2008/09/24

[書評] 藤森 照信 / 『建築史的モンダイ』

建築史的モンダイ (ちくま新書 739) 藤森 照信 / 『建築史的モンダイ』 / 2008-09 / 筑摩新書 / B

うかつにも著者のことを知らずに読みはじめ、やけに面白い人だなぁと思ったら、著名な建築家でもあり、赤瀬川原平たちと路上観察学会でおもしろおかしなことをしつつ、それをちゃんと学術的に考察して偉い賞をもらっちゃうような幅の広い方でした。

目の付けどころが楽しく、それでいてハッとするような深い問いを投げかけてきます。 表紙や帯に書かれている抜き書き(これを読んで買おうと思ったセリフ)を紹介しておきます。

人類が最初に造った建築は何だったのか。(略)神様のための神殿が最初か、それとも自分たちの住まいが先か・・・

本文は「お酒飲みながら気持ちよく酔った勢いで書いている」ような感じです。流れの良さ、発想の飛躍、思わず笑みのこぼれる風刺、etc.
それでいて「なぜ日本の神社仏閣は横長構造なのか、世界的には神殿は縦長なのに」といった古今東西を貫くようなスケールの大きな話し、火事や地震と建築のせめぎ合い、先人の知恵と最新技術が可能にした構造、茶道の歴史と茶室に見い出すミニマムとは決して(私たちが思い込んでいるように)一つではないという考察、などなど酔っぱらいの戯言にしては出来過ぎた知的興奮の連続です。

Amazon.co.jp: 『建築史的モンダイ (ちくま新書 739)』

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2008/09/23

[書評] 東 浩紀、大塚 英志 / 『リアルのゆくえ』

リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957) 東 浩紀、大塚 英志 / 『リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか』 / 2008-08-19 / 講談社新書 / C+

東浩紀と大塚英志。 両者とも私の大のお気に入り。 その二人の対談なので興味しんしんで手にとってみた...のだが...

そこそこ面白いんだけど、それぞれの単著を読むときの圧倒的な面白さにはほど遠い。
対談だからと×2を期待するとガッカリ。÷2になっている。 掛け合いや噛み合わなさ、など口(くち)プロレスを愉しむという方法もあるのかもしれないけど、そして、これを読んだ後でまたもう一度単著を読み返すと面白いのかもしれないけど、本書単独で評価するとしたらあまり高い評価は与えられない。

とはいえ、この二人の軸足の違い、根本的なスタンスの違いというのは明確になって面白かった。

全共闘的なものを仮想的、目の上のたんこぶ、paradise lost、とみなしている大塚。 彼は偽善的で偽悪的で理想主義的でニヒルだ。
まだ何か"よきこと"を信じていて、「話し合えば分かるはず」「書けば(誰かには、いつかは)届くはず」あきらめてはイカン、と強く強く東をけしかける。

一方の東はバブル経済期の後の閉塞した現在を否定も肯定もせず、そのまま受け入れようとする。 彼が抵抗するのは文壇とか論壇に対してであって、オタクや一般ピープルではない。 分析はするけど変えようとはしない。 可能性は無限ではなく、状況を離れた真実などありえないと突き放す。
うん、やっぱりポストモダンの人。モダニストである大塚とは最後まで噛み合ない(リスペクトは十分伝わるのだけど)。

現状把握としては東に軍配をあげるけど、将来への希望としては大塚に共感をおぼえる、そんな読書経験でした(歯切れ悪い感想文ですが、読後感も歯切れが悪いのです)。

Amazon.co.jp: 『リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書 1957)』

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2008/09/15

[書評] 伊坂 幸太郎 / 『魔王』

魔王 (講談社文庫 い 111-2) 伊坂 幸太郎 / 『魔王』 / 2008-09-12 / 講談社文庫 / B-

好きかどうかでいったら好きな作品なのだけど、どうも諸手を上げてよかったとは言えない後味の悪さが残る。
本書は、二人の兄弟の兄の視点で書かれた作品と弟の嫁さんの視点で書かれた作品からなる二部作。
村上春樹の「世界と私がたたかう」系のお話でもある。これがよくなかった。

作品の背景はこんな感じ: 景気は一向によくならない。自衛隊を始めアメリカのいいなりなままで、中国も挑発的な態度に出てきて経済的にも外交的にも閉塞感がただよっている日本。 そこに表れた若き野党の党首のカリスマ的な言葉に日本全体が飲まれていく。
戦後教育を受けた私たちは、暴走する軍部と巻き込まれた無垢な大衆という図式を思い描きがちだけど、実際はこんな風に民衆がけしかけたんじゃないか、と思わせる描写が続く。
前編で兄はそれに危機感を感じ、孤独な戦いを挑むのだが、、、

村上春樹の「世界と私がたたかう」系のお話でもある。これがよくなかった。
登場人物ひとりひとりはとってもよく描けている。
少し悲観的で少し楽観的な秀才くん。頭はそれなりに回るのに、行動に抜けがあるタイプ。
もう少し楽観的で「難しいことはわかんねぇ」といいつつ、行動にタフさとスマートさがあるタイプ。
伊坂幸太郎ならではの、魅力的な登場人物たちに感情移入してしまう。

ところが、「底の見えない悪意」「明確ではないけど何かが少しづつ狂いはじめている」「でも周りの人たちは気がついていない」「誰にも感謝されないけど、僕が動かなければ世界がとりかえしのつかないことになる」という世界観が村上春樹の劣化コピーに見えてしかたがない。
うーん、残念!
阿部和重ほどのむき出しの悪意もなく、村上春樹ほどの世界の広がりや深みもなく、村上龍ほどのヒリヒリ感もなく、『オーデュポンの祈り』ほどの幻想感もなく、『陽気なギャング』ほどの享楽感もなく、といったように「何か足りない」感が最後まで残ってしまう。

「ゆるゆるの日常のすぐ裏に、気がつかない間に(いや、高揚している間に)忍び寄る全体主義の不気味さ」を描く、という意味ではけっして悪くないどころか成功しているとは思う。(本当にぞっとしますよ。)
だけど、だけど、伊坂幸太郎ならではのねじれたユーモアがもう一つ欲しかったなぁ(読み落としているだけかしら)。

Amazon.co.jp: 『魔王 (講談社文庫 い 111-2)』

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2008/09/09

[Tips] iPhoneをつなぐと「カメラが検出されませんでした」エラー

キャノンのデジカメ+Mac OS X+iPhoneをご利用の方、iPhoneを接続すると CameraWindowというアプリケーションが起動して「カメラが検出されませんでした」という警告メッセージが表示されてしまっているかと思います。

実害はないとはいえ、毎回同じエラーが表示されてうんざりされているかと思います。

対処方法がわかりました。
Apple - Support - Discussions - Topic : iPhone and Canon SLR issueより

  1. 「アプリケーション」 → 「イメージキャプチャ」を開く
  2. 「環境設定...」を開く
  3. 「一般」の「カメラ:カメラを接続したときに起動する項目:」を「CameraWindow.app」から「割り当てアプリケーションなし」に変更する
これでいやなメッセージが表示されなくなります。

iPhoneの同期もそのままできます。
ただ、今度はキャノンのカメラをつないでもCamera Window(私の場合はEOS Utility)が自動起動しません。手動で起動する必要があります。
まあ、iPhoneとEOS Kiss X2とどっちを接続する機会が多いかというと、圧倒的にiPhoneなのでこれでOKかと思いますが。

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2008/09/07

[書評] 平 安寿子 / 『恋はさじ加減』

恋はさじ加減 (新潮文庫 た 87-1) 平 安寿子 / 『恋はさじ加減』 / 2008-08-28 / 新潮文庫 / B+

やっぱり平安寿子はいいなぁと思いつつ、物足りなさがのこったのでAではなくてB+にしました。

筒井ともみの『食べる女』とよく似た設定の短編集です。
生きてゆくこと、恋をすること、食べること。
この三つをうまくからませながら、アラサー(around thirty:30歳前後)女の悲喜こもごもをユーモラスに、少しのお涙頂戴スパイスとともに描いています。

で、やっぱり平安寿子は(筒井ともみより)いいなぁと思いつつ、それでも残ったもの足りなさの正体を追いかけてみると、逆に平安寿子の魅力が浮かび上がってきました。
平安寿子の魅力は、むちゃくちゃな設定/性格/行動の主人公たちを描きつつも、かならず複数の視点から主人公たちを描いているところにあります。 本人のぐちにたっぷりつきあって「そうそう、そうなんだよねぇ」と共感した後に、別の人物から同じことをみるとこんなに違うのかと驚いたり逆にこっちの人物に共感したり、yeah, that's the way life is.(それが人生さ)とビーチボーイズの歌を口ずさみたくなるわけです。

いっけんただのユーモア小説。もちろん、ただのユーモア小説としても楽しめる。 だけど、よく噛むと味がしみてきて、砂糖の甘さではなく野菜の甘さとか、隠し味の苦みとか、そういうものが楽しめる。
で、それを担保しているのは、複数の視点だと思うわけです。一回の体験ではなく、繰り返される経験にあると思うわけです。 ところが短編小説だとそれができません(足りません)。どうしても設定の妙とか、気のきいたひねりとか、思わずニヤリとしてしまう落ちとか、そこに向かってしまうんですよね...

というわけで、単品としては面白いけど平安寿子としてはすこし物足りない、そんな作品でした。

Amazon.co.jp: 『恋はさじ加減 (新潮文庫 た 87-1)』

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[書評] 群 ようこ / 『妖精と妖怪のあいだ―平林たい子伝』

妖精と妖怪のあいだ―平林たい子伝 (文春文庫 む 4-13) 群 ようこ / 『妖精と妖怪のあいだ―平林たい子伝』 / 2008-07-10 / 文春文庫 / E

タイトルのとおり、平林たい子の評伝なのですが、我慢に我慢を重ねて1/3ほど読んだもののついに耐えかねて投げ出しました。「金返せ!」

すさまじいまでに拙い作品でした。
私は月に少なくて10冊、多いと30冊くらい読んでいます。過去10年で2500冊くらいでしょうか。その実績と照らし合わせて、過去10年で一番のひどさでした。
「お金をドブに捨てたと思えば」レベルの本にもそれなりに出会っていますが、「お金を返して欲しい」とまで思ったのはちょっと記憶にありません。
それほどまでに、ひどい作品でした。

では、なぜそんな本を手に取ったのかというと、それはタイトルです。 「妖精と妖怪のあいだ」。これは今でも素敵なタイトルだと思っています。
語呂の良さだけではなく、美しいもの見たさと怖いもの見たさの両方の欲望をくすぐる、秀逸な題名です。その思いは、本を投げ捨てた今でも変わりません。

しかし、中身がひどすぎます。あえて汚い言葉を使いますが「小学生の絵日記レベル」です。
たい子はアレをしました。嬉しかったです。
たいこはコレをしました。悲しかったです。
といった記述が延々と続きます。主に自伝小説から抜き書きして、そこにワイドショーのコメンテーターよろしく解説を付け加えていますが、深まりません。

確かに、平林たい子がどんな人物だったのか、その壊れっぷりは伝わってきますが、それは著者(群ようこ)の筆力ではなく、平林たい子の生き様によるものです。
それに、その破綻した生活や思考からは「妖怪」の部分は伝わってきても「妖精」の部分が伝わってきません。追いかけたり追いかけられたりというシーンは多々あるのですが、たい子がなぜ、どのように、チャーミングだったのかがさっぱりわかりません。

群ようこ、という名前は本屋でかならず目にしますし、しかもけっこう長い間売れ続けている、それなりに人気と実力のある作家だと思っていたのですが、少なくともこの作品に関しては駄作中の駄作です。
くどいけどもう一度。「金返せ!」

Amazon.co.jp: 『妖精と妖怪のあいだ―平林たい子伝 (文春文庫 む 4-13)』

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2008/08/29

photo on moto2

バイクで走行中の写真を撮る、の続編です。

タコメーターにデジカメ吸盤君を貼付けるのは、振動でねじが緩んでしまうという欠点の他に、前しか写らないという欠点もあります。
いや、欠点とも言い切れないのですが、一緒にツーリングに行った仲間の走行中の写真を撮ってあげたいな(自分も撮ってもらいたいな)という気持ちもあって、今度は別の方法を試してみました。

ミニ三脚+ウェストバッグ

まずは、ミニ三脚をつけて、それをウエストバッグに差し込むという方法です。
これは比較的うまく行きました。 最初はデジカメが自重で下を向いてしまって地面ばかり写っている写真になってしまったのですが、デジカメが飛んでいかないようにつけていたストラップを工夫して角度を持ち上げてみたところ、こんな感じで撮れました。

会社の仲間と行ったツーリング


後ろにいるD-Trackerは実は私の前の愛車です。


R1。実際には40kmくらいで走行中ですが、これも道路のペイントのせいでスピード感のある写真になりました。

デジカメ吸盤君on GIVIトップケース

垂直にするからいかんのだ、ということで、GIVIのトップケースにデジカメ吸盤君を貼りつけて、そこにデジカメを取り付けてみました。
結論から言うと、比較的きれいな写真が撮れるんですが、きれいすぎてつまらないとも感じます。なんかバイク雑誌に出てきそうで「自分ならでは」という写真になりません。

親子で行ったツーリング


SR400に乗っている父親。


MAGNAに乗っている妹と父親。これは右折待ちの時だったので近距離で撮影できました。

クランプ

ちゃんとした三脚メーカーの出しているクランプを使ってみました。 実はこれ、ドカのトリレスフレームならどこでもつくだろうと見込みで購入したんですが、エンジンの近くは熱が心配だし、シートレール側はカメラの角度がどうしても撮影可能な向きにならなかったのですが、父親のSRのグラブレールにはぴったりでした。
(ムルティで撮影するにはさらに自由雲台などが必要そうです。)


これは父親に撮ってもらった私の写真。脇見してますね...

カメラ

結論を出すにはまだ早いのですが、今のところはOptio W60はバイク走行写真にはぴったりだと思います。インターバルタイマーは外せないとして、特に、

  • ISO感度が50スタートなので、遅いシャッタスピードで撮影できます。ブレて使い物にならない時もありますが、適度にブレてスピード感のある写真も撮れます。
  • 防水・防塵なので、とっさの雨や走行中の埃などを(あまり)気にしなくてすみます。
  • 電池込みで145gと軽量なので、がっちり固定しなくてもそこそこの固定でいけます(もちろん脱落防止策は必ずしてますが)。
この3点がいいっす。
あとはMPEG4で動画を撮影できると良かったんですがMotion JPEGでした。 まあ私は写真のほうが好きなのでこれからも楽しい写真を目指します。

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[書評] 泉 流星 / 『僕の妻はエイリアン』

僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫 い 93-1) 泉 流星 / 『僕の妻はエイリアン』 / 2008-06-30 / 新潮文庫 / A

良本です! 高機能自閉症の妻をエイリアン(異星人)に例えてその世界を紹介してます。
※自閉症の人は地球人と宇宙人くらいに違う、ってすごいなぁと思いつつ読みはじめたら違いました。 「たとえどれだけ見た目が似ていようとも、心の中で考えていることは分からない」という意味でした。

高機能自閉症を知る、という切り口からすると、内容自体はドナ・サマーの作品『自閉症だったわたしへ』で知っていたので特に目新しくはなかったですが、紹介の仕方は非常に分かりやすく、かつ好感のもてるものでした。

茶化すわけでもなくごまかすわけでもなく、ユーモアと忍耐と喜びとを持って生活している二人の姿が目に浮びます。
『五体不満足』のような感じ、といえば伝わるでしょうか。
世の中的には「障害」なんだけど、本人の努力や周りの特別視しない(でも)あたたかいサポートで山越え谷越えの人生をずんずん進んでいく感じ。ときどき転んでしまうんだけど。
テレビがとりあげれば(ドキュメンタリーとかバラエティーとか)陳腐に感じてしまうお涙頂戴ストーリーになるところを、本人たちの筆がそうさせない、押さえた品の良さもあります。

急いでつけ加えさせてもらうと、自閉症という病は「ひとつの病気というよりは症候群であり、スペクトラムである」という特徴があります。
乱暴に言うと、「傾向であり程度の差」でもあるわけです。
絶対的な基準線を引くことは難しいけど、どこかに「病的」な線というのはある。 だけど、その線は線というよりはグラデーションになっている、という感じです。

誰もが少しは重なるところがあるでしょう。
少しの共感とたくさんの驚きを持って読めると思います。

私は読んだことがないので知らないのですが、『いま、会いにゆきます』の著者である市川拓司さんが解説を書いていて、市川さんもこの作品の主人公も自閉傾向があるので強烈な共感を持って読んだ、とあります(ただし、この解説自体はくだらない解説で残念なのですが)。

そうそう、表紙のイラストもいい感じです。Webでみると分からないと思いますのでぜひ書店で手に取ってみて下さい。

追記: ぜったいに解説を先に読まないようにして下さい。本書にはすごく面白い仕掛けがしてあるんですが、ネタバレしてしまいます。くれぐれも本文を先に読んで下さい。そうすれば二倍楽しめますから。

Amazon.co.jp: 『僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫 い 93-1)』

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2008/08/12

photo on moto

実生活の私の知り合いの方は、私が最近写真にトリツカレ男なのをご存知かと思います。 そして、私のもうひとつの趣味がオートバイ。

となると当然、走行中に見ている景色を写真に撮りたくなる、という気持ちはご理解いただけるかと思いますが、走行中の右手はアクセルとブレーキ、左手はクラッチです。
いい方法がないかなぁと思っていたらありました。 その名も「デジカメ吸盤君」。吸盤に自由雲台をくっつけたものです。

コオロギに跨がって: デジカメ吸盤君の写真を見て「これだ!」と喜び勇んで試してみました。 タコメーターは見えなくなりますが、バイクのスクリーンでカメラ本体も保護されるし、うってつけの場所です。

では、作品例を。

夕暮れの名古屋都市高速のカーブ


シャッター速度が遅くてぶれているので、実際よりもスピード感があります。

川島サービスエリアのランプ


写真のブレからバイクの振動の具合がわかるでしょうか。

ひるがの高原の雪よけトンネル


トンネルのカーブの具合と色合いがちょっとマトリックスみたいでしょ。

三桁国道でバスとすれ違う


これは郡上から金山へ抜けるR256。左上の赤い色はカウルの色の反射です。

道具と問題発生

カメラは「インターバルタイマー」機能がついて、防水(防塵)機能のついたPENTAXのOptio 60W。 指定した間隔で自動的にシャッターを切ってくれます。まずは1分に1回で試してみました。 もちろん、写真として面白いのは数十枚に一枚程度なんですが、他では絶対に撮れない写真なので楽しくって仕方ありません。

問題は、ビッグツインの振動ですね。
デジカメ吸盤君は振動でカメラが垂れ下がってきます。吸盤を強力に貼付けるためのねじが振動で緩んできます。
デジカメ吸盤君の他にもう一種類、兄弟製品も試したのですが、こちらはやはり振動でプラスチックが割れてしまいました。プラスチックが割れなかったら、逆にカメラが壊れてしまうかも...

せっかく面白いこと見つけたのになぁ...

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2008/07/27

[書評] 定延 利之 / 『煩悩の文法』

煩悩の文法―体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話 (ちくま新書 730) 定延 利之 / 『煩悩の文法』 / 2008-07 / 筑摩書房 / A

キタコレ。言語執着系の私にはぴったりの本でした。
副題は「体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話」。

文法というといやいや覚えなければならないもので、試験で正しいとか正しくないとか判定されるものだと思っている方が多いでしょう。学校でさんざん苦しみましたからね。ひたすら暗記...
「日本語が乱れている」という言い方にもそういった言語観、価値観が現れています。

でも、それは学校で教え込まれたもの。 マナーとルールという分け方をすれば、文法は本当はマナーの方に分類されるべきものなのです。 守っていた方が意味が通じやすくお互いに気持ちがいい、という意味で。 文法を守らないのはルール違反なのではなく、マナー違反なのです。
(だからこそ、「乱れた言葉」を聞くと不愉快に感じるんです)

「ボールペンなら机にあったよ」は自然なのに「ボールペンなら机であったよ」は不自然。 ところが「4色ボールペンなら北京にあったよ」も「4色ボールペンなら北京であったよ」も両方とも自然。
どうしてなんでしょうか?本書はこんな問いかけから始まります(例文は私が変えています)。 うん、確かにとっても不思議。

種明かしは(ちょっともったいないけどそうしないと話しが進まないのですると)、「ワクワク体験だから」というもの。
あるものがある状態である、という時には文法的にちょっとおかしいはずのコトバが、できごと(体験)を語るときには自然に感じられる、そいういう「文法システムをゆさぶる」ような事象が観察できるんだそうです。
豊富な事例を用いて、他にも「情報へのアクセスポイント」といったユニークでそれでいて思わず膝を打つような独自の観点で文法(システム)を解き明かしていきます。

著者のセンスのよさ、というのは本書の題名にも表れています。
人が体験を語りたいという思いに突き動かされて、それがついに日本語の文法まで変えてしまったという状態を「煩悩の文法」という読む前はハテナ、読み終わってニヤリというタイトルにしています。
それからもうひとつ、川口澄子さんのイラスト・口絵も実に素晴らしい! 本書のちょっとトボケた、それでいて本人はまったく自覚していない事例にぴったりの世界観を表現してくれてます。

すべての日本語を使っている人にお勧めします。

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2008/07/14

[書評] 栗田 有起 / 『オテルモル』

オテルモル (集英社文庫 く 21-3) 栗田 有起 / 『オテルモル』 / 2008-06 / 集英社文庫 / B+

初めて手にした栗田有起の作品だけど、とってもよかった。 書店の店頭で初めての作家の小説を手に取って、結果、素晴らしいと感じたのはちょっと久しぶりかも。

ストーリーはとってもへんてこ。全館地下に立てられたホテルのフロント(受付)嬢として採用された「そろそろ若くない、でもとりえも何もない」女性のお話し。

オテル・ド・モル・ドルモン・ビアンに窓はひとつもない。 土のなかにあるのだから当然であろう。 したがって建物に陽は一筋もささない。 ホテルは夜を過ごす場所だ。 眠るための場所だ。 だから太陽の光はいらない。 むしろ邪魔。 ホテルの創設者はそう考えたらしい。(p.90)

光と影。ダンスミュージックと静寂。混沌と秩序。
何もかもが少しづつねじれている地上と、あるべきものがあるべき通りに配置され、与えられた名前の通りの機能を果たしている地下。
そのコントラスト。

「それはちょっと出来すぎていてまるで『お話しみたい』」という地上。
「それはちょっと出来すぎていてまるで『お話しみたい』」という地下。
それなのに、ふとした細部がとつぜんスポットライトを浴びたかのようにリアルに浮かび上がり、読み手の心をかき乱す。

「ここでわがオテル・ド・モル・ドルモン・ビアンの理念をお話ししましょう。 わたくしどものオテルはいわゆるビジネスホテルと呼ばれるものですが、それだけのものではありません。 オテル・ド・モル・ドルモン・ビアンがお客様に提供したいもの、それは最高の眠り、そこからみちびかれる最良の夢です。 わたしくしたちがいま本当に求めていて、手に入れるのがひどく難しいものたちです。(p.58)
永遠の安らぎではなくてひと時の眠り。 眠った後にはまたちゃらんぽらんの日常。 そのコントラスト。

ゆるゆるなんだか、激しいんだか。ほんわかしているんだかどぎついんだか。 よくわからないけど魅力的な作品でした。

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2008/07/06

[書評] 山田 詠美 / 『風味絶佳』

風味絶佳 (文春文庫 や 23-6) 山田 詠美 / 『風味絶佳』 / 2008-05-09 / 文春文庫 / B

山田詠美の「デビュー20年目のマイルストーン的作品集」と帯にあって、期待に胸を膨らませながらページをめくったのですが、複雑な気持ちです。

まず素晴らしいところ。
それはもう、あの山田詠美ならではのとろけるような描写が「円熟」と言っていいほどのまろやかさで迫ってくるところ。
何も考えずに作品の世界に浸れることができれば、それはもう、めくるめくような読書体験が待っています。

ただ、そういう「お化粧」ではなくて、骨肉という部分に目を向けるとちょっとモノ足りなさを感じてしまうのです。
甘くてちょっとほろ苦い感じのうまくいかない恋を扱っているのですが、それはある意味で読んでいる私に何もチャレンジしてこない、問いかけてくるような中身を伴わないものなのです。

たぶん、これは落語の名人の噺を聞くように楽しむ作品なのでしょう。 あらすじはもう知っているけど、それでも、他の人ではなくてあの人で聞きたい。 そういう感じの作品でした。

Amazon.co.jp: 『風味絶佳 (文春文庫 や 23-6)』

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