2011/12/13

[書評] 平川克美 『株式会社という病』

株式会社という病 (文春文庫) 平川 克美 文藝春秋 発売日:2011-10-07 ブクログでレビューを見る» 「株式会社という病、それは欲望の異名。」(p 142) 会社「の」病ではなく、会社「という」病。この洞察力が平川さん。 企業による不祥事は、悪い社員や悪い経営者によってたまたま起きたと考えるのではなく、会社の本質として内在していた何かの出現と考える方がよい、と言う。 中の人(株式会社の現役経営者)だけど外の視点を持つ人が、ゆっくり噛みしめるように検討してキラッと光る言葉を置いていく。 「ビジネスの本質は交換」「知識を積み重ねても知性にはならない」など。 『国家の品格』にも、『ウェブ進化論』にも、釈然としないものを考じるというその感性もいい。論理はなるほどと思うが感情が嫌がる、といいその理由を掘り下げる。そして、前者には他者への敬意が欠けていることを、後者には知というものを量で測ろ...

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2011/05/29

[書評] 豊﨑 由美 / 『ニッポンの書評』

ニッポンの書評 豊﨑 由美 / 『ニッポンの書評』 / 2011 / 光文社新書 / B

2011-06-01追記: 本書を実用書だと思って読みはじめた人は、予想もしていなかった広い視野と真摯な態度に感心し、本書を高く評価するだろう。
本書を評論だと思って手にとった人は、ニッポンの書評という枠の中でニッポンの書評について書かれているという射程の短さに物足りなさを感じるだろう。
ネットで他の方の書評を見ているとそんな印象を受ける。 私はどちらかというと後者なので、面白くももどかしさを感じた。

あえて言うなら各論賛成、総論反対。
本書に書かれていることについては、ほぼ賛同する。 ところが、本書に書かれていないことについて、少々ひっかかるのだ。

曰く、よい書評とは、対象となった本を応援するものであるべき。著者へのおべっかではなく、また、書き手のひけらかしではなく、読者への誘(いざな)いであるべき。
曰く、新聞の書評欄には妙に大学の先生が多い。問題ではござらんか。
曰く、面白い書評はあっても正しい書評というものはない。
曰く、映画における淀川長治さんのような存在になりたい。

こういった点については「エエこと言うなぁ」と思いながら読んだ。
しかし、書かれていない箇所について、疑問をなしとしない。 本書の題名にそって挙げてみる。

まずは『ニッポンの書評』のニッポンについて。

日本と対比されているのは主に英米限定だし、それも自分の見解ではなく丸谷才一の見解だったりする。 また(これは自覚されているが)、いろいろある新聞の中でもクォリティペーパーの書評を取りあげている。日本の全国紙の書評欄と比べているけど天秤が釣り合わない。
英米以外のアジア、中南米、東欧など他の地域の書評は? 英米の新聞であっても大衆紙の書評やネット書評は? 英米日本を問わず、週刊誌、月刊誌、テレビなど他のメディアの書評は? など、たくさん比較対象を思いつく。

それから、比較している国の出版状況、読書状況という土台の比較が欲しい。
例えば、「日本は広く浅く多くの人が本を読んでおり、書評もそういった層をターゲットにしているので短く軽い内容になる。英米では狭く少ない人が本を読んでおり、書評もそういった層をターゲットにしているので長く深い内容になる」という(根拠のない)イメージがすぐに浮かぶけど、それは本当なのか否定されるべき妄想なのか知りたい。
日本は出版状況クロニクル22 (2010年1月26日~2010年2月25日) にあるように、

88年の書籍売上高は8259億円であるから、09年とほとんど変わらない。だが新刊点数は37064点から78555点と倍以上になっている。
という状況なのだ。 "ニッポンの書評"はそういう状況で書かれている。 印刷・出版と距離が近い新聞や雑誌に記載される書評と、ネット上の、売る側ではなくて読む側が書いている書評とでは、目指すところがずいぶんと違ってくると思う。
ブログ書評、アマゾン書評を批判する観点に、こういう背景を含めて欲しい。

「買いたい読みたい」と思わせる書評がいい書評。
それはその通り。
でも、「買わなくてもいい」「読むに値しないだろう」と思える書評もいい書評なのだ。 新刊が毎日200点、毎週1,400点、毎月6,000点も増え続けている状況では。

次に、「書評」について。
「書評=ブックレビュー」は、モノレビューと比べてどう違うのか、という観点も欲しい。
著者がきわめて強い口調で否定しているタイプのアマゾンのユーザーレビュー、ブログの書評などは、モノのレビューではよくある光景にすぎない。 書評だけがそこまで特権的な位置づけを与えられるべき理由がわからない。

続けて書評と批評の違いについて。書評と感想文の違いについて。
英米のブックレビューにはあまり明確な区別がないようだけど、ニッポンの書評という文脈ではこれらの間には明確な区別がある、という。
著者は書評の存在意義を強調しているが、ボールを投げる方向が逆に思える。
個人的には、学校(小中高の国語の)教育に問題の原因があると思っている。
あの読書感想文を書かせることの教育的逆効果(ダメージ)。批評的に読むことを許されず、道徳的に教訓を引き出すような読み方しか許されない現代文の授業と大学入試(cf.石原千秋)。
そうやって、書評という行為が持つ可能性、その一番やわらかい部分が型にはめられ固まってしまったと思っている私は、感想文と書評の違いを力説されても一緒に熱くなれない。 むしろ書評と感想文や批評の再会を見守り助けたい。

タイトルのとおり『ニッポンの書評』という枠組みの中でニッポンの書評を論じた本としては良本。 でも、「ニッポンの外」や「書評以外の評」という補助線を引いてみると、書評論、批評としての弱さが目についてしまう。
そこをカバーした続編が読みたい。

以上です。
書いていないことについてばかり書いたので、いちゃもんのようになってしまいましたが、『文学賞メッタ斬り』の豊﨑由美さんだけに、期待点が高くなっています。
また、上に挙げた点の多くは巻末の対談で触れられており、今後の掘り下げが期待できると思えるからこその注文です。

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2011/05/21

設計トラブル

@IT MONOistの記事が素晴らしい内容だったのでご紹介します。 甚さんの「想定内だぜぃ!トラブルは」(1):設計トラブルの98%が「トラブル三兄弟」 甚さんの「想定内だぜぃ!トラブルは」(2):福島原発から学ぶ、トラブル三兄弟 甚さんの「想定内だぜぃ!トラブルは」(3):原発事故から学ぶインタラクションギャップ トラブル三兄弟とは「新規」「トレードオフ」「変更」のこと。 設計トラブルの原因ほとんどがこの3つに帰せられるとの指摘に頷くことしきり。 特に、連載2回目の 福島原発、特に最も気になるプルサーマルの3号機は、「新規君」「トレードオフ君」「変更君」……全てを含んでいますよ! 実験室からそのまま造ってしまったような気がするぜぃ。 という部分はドキッとします。 連載3回目の最後にこう述べていらっしゃいます。 この記事の執筆にあたって、気が付いたことが幾つかあります。 1. 原子力発電...

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2011/05/19

[写真] 一歩いっぽ

とっとことっとこ。 歩こう。歩こう。歩くの大好き。 息子が歩くようになって一ヶ月経ちました。 ゴールデンウィークに訪れた鞆の浦にて。 Panasonic GF1 / 20mm F1.7

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2011/04/30

Twitter

昨年子どもが生まれてからというもの、書評を書く時間が取れなくなりました。 このブログも書評を簡単に書くために始めたものだったのに、それが簡単ではなく、更新も滞りがちでした。 読書する時間は、就寝前の布団の中で読む時間がなくなりましたが、通勤電車の中が使えるので、読書する時間は確保できています。ところが、キーボードを前に感想文を書き、読み返し、手を入れてまた流れの悪いところを変えてみて、、、という時間がとれないんですね... 育児してみるまで、まったく分かっていませんでした。 そこで考えたのが、ツールをTwitterに切り替えてみる、という方法です。 書評をこのブログではなくて、Twitterに切り替えてみます。 https://twitter.com/#!/yamayomu ただ、「本の著者、題名、書影をきちんと調べて入力する」という手間も実はばかにできないので、Twitterと連携できる...

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2011/04/10

[書評] 『鼓笛隊の襲来』

鼓笛隊の襲来 三崎 亜記 / 『鼓笛隊の襲来』 / 2011(2008) / 集英社文庫 / B-

表題作を含む9編からなる短編集。 もともと設定の意外さ面白さで読ませるタイプの作家なので、短編向きかもしれないと期待して手にとったのですが、残念ながら「あと一歩」感が否めません。

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2011/03/28

現地に行かなくてもできる支援の方法

3月11日に起きた大地震と津波と原子力発電所の事故。
どれか一つでも大変な災害なのに、三つも重なってしまい、被災された方にはお見舞い申し上げます。

私の大学時代の後輩(※)が、そんな被災者の一人であり、そして復興のための活動を行っているということがわかりました。彼に「現地に行かなくてもできる支援の方法」を教えてもらいましたのでこちらで紹介します。 送ってもらったメールをほぼそのまま引用しているので、文中の「私」とは後輩のことです。 転載歓迎ということですので、どんどん知人友人にご紹介ください。

(※)彼の自己紹介:せんだい・みやぎNPOセンターという中間支援NPOで働いています。 平たく言うと、NPOの活動を支援するNPOです。 こういう事態ですので、今は災害救援活動を行なうNPOの後方支援をしています。 県外から来ている災害救援団体の現地でのコーディネートや情報提供などです。

では、お金編、モノ編、ヒト編の3本立てでご紹介します。

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2011/02/13

[書評] 山浦 玄嗣 / 『父さんの宝物』

山浦 玄嗣(やまうら はるつぐ) / 『父さんの宝物』 / 2005(2003) / イー・ピックス出版 / A ケセン語聖書の著者(訳者?)でもある山浦玄嗣のエッセイが一冊の本にまとまったもの。いやはや奇想天外な子育てっぷりが面白かった。 何しろ子供の数は8人。 そして著者は幼くして父親を亡くし、現実の父親を知らないまま、耳学問の理想的な父親像を目指す。 そりゃ大変だ。 一切手を抜かずに、全力で仕事にも家族にも向かっていったんだろうな。 しかし、その父親も一朝一夕にそのような父親になるのではない。父親はみずから父親になるのではなく、子どもによってむりやりに父親にならされるのである。父親は子どもの偉大な師であるが、子どもはじつは父親の生みの親である。(p.3) これは言われてみるとその通り、ですね。 ケセンとは岩手県の気仙地方のこと。 「ナザレという田舎で育ったイエス様はズーズー弁をしゃべ...

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2010/10/11

[書評] 万城目 学 / 『鹿男あをによし』

万城目 学 / 『鹿男あをによし』 / 2010-04(2007-04) / 幻冬舎文庫 / C+ 登場人物よし、ストーリーよし、作品世界よし。 とても楽しめたんだけど、なかなか面白くならないことが欠点でしょうか。 すでに著者、万城目学のファンで2冊目以降として手にとる方にはいいのかもしれませんが、前半2/3が少々退屈です(後半1/3はとっても面白く楽しめるのですが)。 歴史ファンタジー小説とでもいえばいいんでしょうか。 鹿/狐/鼠は神様のお遣いで、定期的に日本列島の地下に眠るナマズが暴れないように鎮める儀礼を行っているからこの世が平和だという(現代科学の視点からすれば)荒唐無稽な、だけど、陰陽道や風水、民間信仰としてはあり得るお話しが舞台背景になっています。 それを、女子高生の青春や先生たちの恋話を含めた人間模様から、卑弥呼の秘密まで、ぜんぜん違うスケールのサイドストーリーとつなげてしま...

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2010/10/01

[書評] 諏訪 哲史 / 『アサッテの人』

諏訪 哲史 / 『アサッテの人』 / 2010-07(2007-07) / 講談社文庫 / B 存在する意味のある作品。だけど、私のための作品ではない。 あとがきで著者自身が書いているように、本書は著者の恩師を振り向かせるためだけに書かれた作品。 公開され私が手にとっていること、文学賞を受賞していること、それら諸々が何か「余計なこと」「純度を下げる行為」に思えてしまう。 本書は小説を書く小説というメタ構造を持っており、その点に非常に自覚的でかつ優れているのだが、読まれるという小説のもう半分側に対してはあまり意識が払われていない。 それが不満なのだけど、それも当然。読まれることを想定していなかったのだから。 一人に読まれることのみを目的として書かれた小説だったのだから。 もし宇宙に誰も聞く人のいない音がしたとして、果たしてその音は存在するのか、という問いがある。 認識されないものは存在しない...

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2010/09/21

[書評] 有川 浩 / 『阪急電車』

有川 浩 / 『阪急電車』 / 2010-08(2008-01) / 幻冬舎文庫 / C 『図書館戦争』など、あらすじを聞いたり評判の人気作家と聞いて一度読んでみたいと思っていた有川浩。 「映画化決定!!」という帯とともに平積みされていた本書『阪急電車』を手にとりました。 阪急電車の今津線というローカル線で起きる人生模様を、うまく電車の中の触れ合い・乗り継ぎ・擦れ違いとしてフェードアウト/フェードインさせながら連結して描きます。 ヒネクレモノですみません。 ほのぼの+勧善懲悪+清く正しく美しい男女交際。 面白いストーリーに巧みなプロット。 どこにも文句のつけようがないように見えるし、実際、読書中はかなり楽しかったのですが、なぜかよい作品、お勧めしたい本として取りあげたくなりません。 きつい言葉でいうと、ファストフード臭がします。 確かにお腹は膨れるし味も少々濃いかなとは思うけどそれほど不味...

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2010/09/16

[書評] 村上 春樹 / 『走ることについて語るときに僕の語ること』

村上 春樹 / 『走ることについて語るときに僕の語ること』 / 2010-06(2007-10) / 文春文庫 / A 食わず(読まず)嫌いで敬遠していたことを後悔。いい読書でした。 食わず嫌いだった原因のひとつは、タイトルのあまりの格好良さと語呂の悪さ。 レイモンド・カーヴァーの"What we talk when we talk about love"からもらったそうな。道理で。 書くためには、走る必要があった。 走るためには、書く必要があった。 走り続けていなければ、書き続けることもできなかった。 書き続けていなければ、走り続けることもできなかった。 たんなるジョギング、健康法、気晴らしではなくて、作家としてあり続けるためには欠かせない行為であったのだ、という。 執筆をマラソンに例えるのは、まぁ、よく聞く話し。 だけど、村上春樹の伝えるニュアンスは少し違う。彼は言...

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